葛原岡神社 〜日野俊基を祀った神社

 

源氏山にある、鎌倉幕府打倒に尽力した日野俊基を祀った神社です。

後醍醐天皇に見出された日野俊基は、悪政を続ける鎌倉幕府を倒すための二度目の計画で捉えられ、葛原岡で非業の最期を遂げられたそうです。お墓は、葛原岡神社の手前にあります。

参道は道幅も広く、歩きやす。。。くはないかな。

 

神社正面の石鳥居です。

 

石鳥居右横にある、魔去ル石です。備え付けの石を割ると、魔が去るそうです。

 

魔去ル石、割ってみました。去ったかしらん(笑)。

 

石鳥居を入ってすぐ左にある、縁結びの女石と男石です。

 

境内です。

 

左奥、本殿です。

 

本殿右横にある、昇運の神龍です。

 

本殿を出て、右手、ご終焉の石碑です。お墓ではありません。

 

葛原岡神社の由緒などが書かれた案内板です。

 

合鎚稲荷社です。

新藤五国光に師事した鎌倉時代末期の刀工、五郎入道正宗は、鎌倉に「相州伝」という作風を完成させました。

正宗の十一代目の子孫は、北条氏綱の一字をもらって「綱廣」と名乗り、無量寺ヶ谷に土地を与えられ、その土地は綱廣谷と呼ばれるようになったのだそうです。

葛原岡神社には、平成25年に無量寺ヶ谷の綱廣の屋敷跡にあった合鎚稲荷社が移されました。

平成29年に綱廣の屋敷跡に、鎌倉歴史文化交流館がオープンされています。

 

稲荷社の中にある、無患子の木です。子が患うことの無い樹という意味で、この無患子の実に幸せを呼ぶ5つの鈴をつけた「むくろじ御守」はここだけで販売される御守りです。