寿福寺 〜鎌倉五山第三位

宗派 臨済宗建長寺派
山号・寺号  亀谷山寿福金剛禅寺(きこくさんじゅふくこんごうぜんじ)

創建

正治二年(1200年)
開山(寺院を開創した僧侶)

明庵栄西(ようさい)禅師

開基(寺院を創立すること、それをした僧) -
本尊(本堂に安置され最も尊重されている仏像) 宝冠釈迦如来
住所

鎌倉市扇ヶ谷1-17-7

アクセス 鎌倉駅西口より徒歩10分
拝観時間 総門から中門までは拝観自由だがそれより先は不可。
拝観料 無料

  

鎌倉十三佛霊場 第四番札所 五・七日忌・五官王

鎌倉五山 第三位

鎌倉三十三観音霊場 第二十四番札所

鎌倉二十四地蔵尊 第十八番札所 木造地蔵菩薩

 

はじめて茶を伝えたことで知られる栄西(ようさい)が鎌倉に下って幕府の帰依を受けた翌年に、北条政子を開基に開山した寿福寺です。

裏手の源氏山麓やぐらには北条政子、源実朝、高浜虚子、陸奥宗光、大佛次郎の墓があります。

ここの参道は、鎌倉で一番美しいのではないでしょうか。

 

2018年2月10日に参道だけ撮ってきました、総門も入れて。

Canon EOS 6D MarkII Canon 24-105mmF/4L IS II USMの威力。

 

2018年1月19日に参拝してきました。

写真は、Canon EOS 6D MarkII Canon 24-105mmF/4L IS II USMによるものです。

 

総門前にある、平山郁夫にる源実朝をしのぶ碑です。

 

総門横からみた参道です。

 

総門脇に、ここが鎌倉五山であることを示す石段が建っています。

 

参道です。美しい。

 

参道突き当たり、いつも門は閉ざされているけど、仏殿です。

 

参道突き当たりから左に小径を入り右折、左折、右折で墓地に出ます。

まっすぐ登った先左手の、鞍馬天狗で有名な大佛次郎の墓です。

いつ行っても、きちんとお花が生けられています。

 

大佛次郎の墓の反対の墓地の道、すぐ左手にある高浜虚子の墓です。

 

さらに奥に進んだ先の左手のやぐらにある、北条政子の墓です。

 

さらに先には、源実朝の墓があります。

 

入ってきたのと逆、仏殿前から総門を臨む参道です。

美しい。

 

以下は、Canon EOS Kiss x7による、2018年以前のものです。

 

以下は、2016年8月8日に参拝した時の写真です。

山門手前にある庚申塔です。

 

こちらの参道はいつ見ても素晴らしいですね。

 

左の道を、墓地に向かいます。

 

左の突き当たりにあるお墓です。

 

墓地の奥手に、北条政子の墓と伝わる五輪塔があります。

 

すぐそばに源実朝の墓と伝わる五輪塔があります。

 

お墓参りを終え、戻ります。

御朱印を頂くには、この看板の先を、勇気を持って進みます。

 

中門から内側は非公開で本堂などは見れませんが、御朱印を頂く玄関までの小径から内側を垣間見ることはできます。

 

2016年10月7日、二十四地蔵尊の御朱印を頂いてきました。

桂敷きの石畳が、相変わらず美しいです。

 

以下の写真は、2017年3月23日に参拝した時のものです。

 

山門右手にある、源実朝をしのぶ碑です。

文字は故平山郁夫によるものだそうです。

 

相変わらず美しい参道です。

 

寿福寺左の墓地に向かう道の正面突き当たりの左手にある、大佛次郎の墓です。

この日は綺麗なお花が供えられていました。

大佛次郎は鞍馬天狗シリーズの著者として有名なのですが、なぜか大菩薩峠の著者と記憶していました(大菩薩峠は中里介山著)。

大佛次郎が鎌倉に住んでいたのは、1921年(大正10年)から1973年(昭和48)年まで。

開発が進んで鎌倉の自然や歴史が荒れるのを憂い、鶴岡八幡宮の裏山の宅地化を、鎌倉風致保存会を組織して阻止するということも行いました。

「大佛」というペンネームは鎌倉大仏の裏に住んでいたことからつけたものだそうですよ。

 

 

大佛次郎の墓の右手に高浜虚子の墓があります。

高浜虚子は、正岡子規に師事し、1910年から50年も鎌倉に住んでいたそうです。

 

鎌倉十三佛、三十三観音、二十四地蔵尊の御朱印です。


 

この地図は、鎌倉十三佛のお寺をマークしています。

 

この地図は、鎌倉五山のお寺をマークしています。

 

この地図は、鎌倉三十三観音のお寺をマークしています。

 

この地図は、鎌倉二十四地蔵尊のお寺をマークしています。