東勝寺橋

 

宝戒寺の先を左に曲がると大正時代に滑川に架けられたアーチ橋の東勝寺橋があります。

鎌倉市の景観重要建築物等に指定されているそうです。

東勝寺橋を渡り葛西ヶ谷に入ると新田義貞の鎌倉攻めにより、北条高時・その一族約870名が自刃したという東勝寺跡があります。

 

橋の手前には、青砥藤綱の碑があります。

五代執権北条時頼に仕えていた青砥藤綱という武将が東勝寺橋で滑川に十文銭を落してしまい、家来に命じて五十文の松明を買ってこさせて探させたという言い伝えがあります。

「十文を探すの五十文を払うとは損だ」と笑われた藤綱は、「銭が川の中にあったのでは永久に使用されることはないが、五十文で松明を買って探し当てれば十文は返ってくるし、商人も儲かるのだ。」と言いかえしたという伝説があるそうです。

 

青砥藤綱邸の碑は浄明寺の滑川のところにあります。

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