洲崎古戦場跡

 

1333年に新田義貞が鎌倉を攻めた時、北条(赤橋)守時率いる北条軍を激しい戦いをした場所に建てられている碑です。

北条守時は、鎌倉幕府最後の執権で、大将として戦ったそうです。

数万の兵が数百にまで減り、足利の外戚(足利尊氏の妻の兄)であることから新田と内通していたとされては武士の恥ということで、切腹して果てたそうです。

墓は、北条とゆかりの深い浄光明寺にあります。