大倉幕府 〜鎌倉幕府

 

鎌倉幕府は、頼朝が開いた大倉幕府(1180-1225の45年間)、実朝の死後に北条泰時が将軍藤原頼経を擁した宇都宮辻子幕府(1225-1236の11年間)、鎌倉幕府滅亡まで続いた若宮大路幕府(1236-1333の97年間)と三か所、二度の移動をしています。

 

鶴岡八幡宮の東側、大倉の地にまずは置かれたので、大倉幕府と呼ばれました。

清泉小学校のそばに碑があります。

東西南北に門が設けられていたようで、現在も西御門、東御門の地名が残っています。

碑もありますね。

頼朝、頼家、実朝、北条政子の時代に当たります。

 

頼朝は、1184年(元暦元年)に公文所と問注所を設置し、公文所別当に大江広元、問注所執事に三善康信が就任しています。

問注所は頼家が現在の問注所跡のあたり(御成小学校そば)に移したそうです。

碑が残っていますが、そっと置かれているので気づきにくいです。

また、頼朝は、大倉御所の警備のため、西に畠山重忠、三浦義村、東に和田胤長の屋敷を造らせたそうです。

鶴岡八幡宮の東の鳥居を出たところに畠山重忠の碑が残っていますね。