内藤家墓所

 

光明寺を左手に少し先の道を左折、しばらく行くと左手に内藤家の墓所があります。

息を飲むほど、巨大で広大な墓所です。

 

江戸時代の磐城平藩主・日向延岡藩主である内藤家歴代の墓だそうで、浄妙寺の覚賢五輪塔クラスの3mを超える大きな宝篋印塔は20以上、他にも五輪塔、石仏など合わせて100程。

磐城平藩主の内藤忠興が1659年(万治2年)に、光明寺を檀那寺とし200石を寄進、位牌堂や石塔を江戸の霊巌寺から移したのだそうです。内藤家というのは、藤原秀郷流の一族、源頼朝に使えた内藤盛家から始まったのだそうです。

内藤家の流派と4つあり、そのうち三河の系統が徳川家康に仕えて江戸時代以降に栄え、光明寺の墓所はその一族の墓になるそうです。

 

光明寺の所蔵する国宝「当麻曼荼羅縁起絵巻」は内藤家から寄進されたもの、鎌倉検定にも確か出題されましたね。

 

内藤家の墓は拝観可能で、社務所で記帳し鍵を預かればいいそうですが、流石にそこまではしない(笑)。

 

写真は、2018年4月26日の鎌倉散策の時のもの、Canon EOS 6D MarkII Canon 24-105mmF/4L IS II USMによるものです。