十一人塚

 

稲村ヶ崎と極楽寺駅を結ぶ道の傍らにある十一人塚です。

鎌倉末期、新田義貞軍は極楽寺、化粧坂、山ノ内の三方から攻撃、極楽寺方面の総大将を務めたのが大館宗氏、対する鎌倉方は北条貞直。

序盤、新田勢が鎌倉勢を押し込みますが、貞直の家臣である本間山城左衛門が反撃し、大将の大館宗氏を討ち取ります。

討ち取られた大館宗氏と11人の部下の遺体がここに埋められて十一面観音の像を建てて鎮魂したと言われています。

『太平記』によると、大舘宗氏の討死が1333年の5月19日、21日には新田義貞軍が稲村ヶ崎から市内に突入、5月22日には東勝寺を責め北条高時を自刃に追い込みました。