十一人塚

 

稲村ヶ崎と極楽寺駅を結ぶ道の傍らにある十一人塚です。

133年(元弘三年)、新田義貞軍は極楽寺、化粧坂、山ノ内の三方から攻撃、極楽寺方面の総大将を務めたのが大館宗氏、対する鎌倉方は北条貞直。

序盤、新田勢が鎌倉勢を押し込みますが、北条貞直の家臣である本間山城左衛門が反撃し、大将の大館宗氏を討ち取ります。

討ち取られた大館宗氏と11人の部下の遺体がここに埋められて、十一面観音の像を建てて鎮魂したと言われています。

 

『太平記』によると、大舘宗氏の討死が1333年の5月19日で、21日には新田義貞軍が稲村ヶ崎から市内に突入、5月22日には東勝寺を責め北条高時を自刃に追い込みました。

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