法華堂跡

 

法華堂跡です。

源頼朝の墓を中心とする史跡で、「法華堂」とはそもそも源頼朝が聖観音像を本尊として建立した持仏堂のことだそうです。

持仏堂は、頼朝の死後に「法華堂」と呼ばれるようになりました。

源頼朝墓の東(向かって右になりますね)の平場・山腹の急階段の上に、頼朝の片腕大江広元、その子毛利季光、頼朝の子といわれる島津忠久の墓(やぐら)が並んでいます。

結構恐ろしい雰囲気のあるところで、一人で参拝するのはちょっと度胸がいります。

 

やぐらに行く手前、下の平場は、2005年に行われた発掘調査の結果、「北条義時の法華堂跡」ではないかと考えられています。

三つのやぐらの急石段の手前に、宝治合戦で滅亡した三浦泰村一族のものといわれるやぐらも残されています。

 

頼朝の墓を右に少し歩くと、左にこんな急階段があります、これを登ります。

 

法華堂跡の平場が広がります。奥に鳥居が見えますね、三つのお墓(やぐら)の階段です。

 

鳥居の手前の左手に、三浦一族の墓・やぐらがあります。

 

秋の平場は紅葉が見事です。

 

三浦一族のお墓です。

 

石段も注意して登ります。

 

石段は二つに分かれていて、左の石段を登ると大江広元(向かって右、つまり三つのやぐらの真ん中)、その子毛利季光(三つのやぐらの左端)の墓・やぐらがあります。

 

二つのやぐらの左にあるこれは誰の何か分かりません。

 

二つのやぐらのあるところから、右の島津忠久の墓・やぐらはすぐ隣で見えますが、繋がっていないので、階段を降りて登り直さなければなりません。

 

こちらが右の石段です。

 

登りきると、島津忠久の墓・やぐらがあります。

 

左手にこんな石碑があります。全然読めない。

 

右の島津忠久のやぐら側から見た左のやぐら、手前に石の柵があり、渡れません。

 

よくこんなところに作ったよなぁ、と思わせる場所ですね。