朝夷奈切通し 〜鎌倉七口

 

鎌倉と金沢(六浦)を結ぶ切通し、朝夷奈(朝比奈とも)切通しです。

三代執権北条泰時が指揮を執り、率先して工事に当たったと「吾妻鏡」に記されています。

鎌倉の海が塩田に向かなかったため、六浦から塩を運ぶのに、整備され、「塩の道」とも呼ばれたそうです。

 

十二所の峰本の向かい、道路挟んだ路の脇道を入っていきます。

 

ここは右方向に進みます。

 

道なりに進みます。

 

数分で、左手に太刀洗の水が見えてくるでしょう。

 

鎌倉五名水の一つ、太刀洗の水です。

1183年(寿永2年)に源頼朝の名を受けた梶原景時が、源頼朝の挙兵の際に2万騎の兵を率いてに従った武将・上総介広常を討った後、ここの湧き水で太刀の血を洗い流したという伝説が残されています。

竹から流れる水の上に大刀洗の看板があるのですが、草で覆われてよく見えませんでした。

 

場所が分かっていないと、見えませんね(笑)。

 

大刀洗の水を超えてすぐ、この看板に当たります。左に向かいます。

 

左に曲がったところに、三郎の滝があります。

朝夷奈切通しを一夜にして切り開いたという伝承が残っている猛者「朝比奈三郎義秀」に因んで名付けられた名だそうです。

 

すぐ横に、朝比奈切通の碑があります。

 

険しい山道が続きます。道路は湿り、そこここに苔が生えているので足元注意です。

 

江戸時代のものと言われる仏像です。

 

しばらく歩くと、岩壁に掘られた仏像、摩崖仏が現れます。

かなり大きいので、予備知識なしで行くと、ぎょっとしますね。

 

さらに進むと、右手に熊野神社への参道が見えます。誰もいない、長い路を進むのはちょっと勇気が必要。

 

さらに進むと、岩壁に囲まれた、切通しらしい路が現れます。

 

横浜横須賀道路下をくぐると、朝比奈町川の入り口に出ます。

 

少し歩くと、朝比奈のバス通りに出ます。出て割とすぐのところに大刀洗の水のところで紹介した上総介広常(かずさひろつね)の塔(上総介広常の墓と言われています)があります。

上総介広常は、源頼朝が石橋山の戦いで敗れて、安房に渡り、鎌倉入りするときに従った武将で、1183年(寿永2年)12月には、謀反の疑いをかけられて梶原景時に暗殺されました。

 

バス通りを一停留所分歩き、大道中学校前にくると磨崖仏の鼻欠地蔵があります。

風化によって鼻がかけたものだそうですが、どこが鼻やら全然分からん。

 

ここからは、本数は少ないけれど、バスで鎌倉に戻るのが無難ですね。